オゾンによる新型コロナウイルス除染の試み
6月28日、遂に世界全体での新型コロナウイルス感染者数が1,000万人を超えました。(米ジョンズホプキンス大学調べ)
これは、米国やブラジル、インドなどで感染が拡大し続けているためです。日本でも、一時収まったかに見えた感染者数が再び増加……
オゾンを使った室内空間の除染
室内空間の除染方法
新型コロナウイルス感染は飛沫感染と接触感染が中心で、空気感染の可能性は低いとされています。接触感染とは、感染者から放出されたウイルスが周辺の物品に付着し、それに接触した(通常は手で)非感染者が自分の鼻や口を触って、ウイルスが体内に侵入することで起こります。通常はウイルスに触ったからと言って、手からウイルスが体内に侵入することはありません。このため、帰宅後に手洗いを徹底すれば感染を防止できるのです。
そこで、接触感染を起こす元になるウイルスの付着した物品からのウイルス除去が重要となります。
対象となる物品には、公共施設、公共交通機関、教育施設、介護施設、病院、企業、商店、等々の室内スペース、およびその中に設置してある全ての物品が含まれます。このように、洗浄対象の面積や量も膨大なだけでなく、その種類も多岐に渡ります。
これらのスペースや物品の除染に対応できる方法は存在するのでしょうか?現在、室内スペースや物品の除染に用いられている代表的な方法に関して説明します。
アルコール
現在、室内(を含む)の除染用に最も広範に利用されている除菌方法で、あらゆる場所にアルコール除菌スプレーが置いてあり、誰でも簡単に使用できるようになっています。
新型コロナウイルスはエンベロープを持つウイルスのため、体の外側が脂質でできた膜状のエンベロープで覆われています。
このため、脂質を破壊するアルコールは効果的であると考えられており、その効果のほどは、いくつかの論文で報告されています。
厚生労働省の「新型コロナウイルスの消毒・除菌方法についてー6/26更新」によると、アルコール消毒液(エタノール)は、物や手指の消毒に効果があり、手や指の消毒用には、アルコール濃度70%~95%のエタノールを使用するようにとなっています。
では、アルコールを広い室内に噴霧して室内除菌を行えないものでしょうか。 そのためにはアルコールを大きなスペース全体に噴霧することはそもそも物理的に難しい上、アルコールに接触すると変化するような素材でできた物品への散布も避けなくてはなりません。
また、噴霧する際の人への影響も懸念されます。さらに、大きな面積に散布する場合のコストも無視できません。
次亜塩素酸ナトリウム
次亜塩素酸ナトリウムとは、ハイターやブリーチという塩素系漂白剤の成分で、0.05%の濃度になるように調整してから布などにしみ込ませて、食器・ドアノブ・手すり・テーブル表面などの物品を拭きます。
この方法では、次亜塩素酸ナトリウムの酸化力によりウイルスを不活化させるため、反応後に塩素が発生します(残留塩素)。このことは、塩素消毒に伴う、吸入したり目に入れないなどの注意が必要ですし、幼児のいる所では使用できません。このような使い勝手の悪さと、大きなスペース全体に噴霧することはできないため、使用範囲が限定されます。また、酸性の溶液と混ぜると塩素が発生して危険です。
なお、家庭用漂白剤には、異なる濃度の次亜塩素酸ナトリウムが含まれていますので、濃度を確認の上、必要であれば希釈してから使うことです。
次亜塩素酸水
次亜塩素酸水は酸性の物質で酸化作用によってウイルスを不活化します。その効果については、独立行政法人 製品評価技術基盤機構(NITE)の「新型コロナウイルスを用いた候補物資の有効性評価結果」の報告(6/26)で、電解型/非電解型は有効塩素濃度35ppm以上、ジクロロイソシアヌル酸ナトリウム水溶液の場合は有効塩素濃度100ppm以上の製品に有効性が認められています。*7
一時期、次亜塩素酸水が新型コロナウイルス除染に有効だとして、これを噴霧器に入れて、空間散布して除菌を試みる自治体や企業が多くありました。しかし、厚生労働省が「噴霧によって空気中に漂っている新型コロナウイルスを消毒液で除染する効果は確認されていないため推奨しない」としたため、一気に人々の関心が薄れてしまいました。また、文部科学省から、子どもがいる空間での次亜塩素酸水の使用をやめるようとの通知も出されています。*8
このような指摘がなくとも、そもそも新型コロナウイルスは、感染者から排出されるといったんは空気中に入るものの、すぐに落下して物品表面に付着する性質を持っています。このため、いくら殺菌剤を散布したとしても、噴霧した有効成分が全ての備品・物品に行き渡って、貼りついている新型コロナウイルスと反応する可能性は極めて低いのです。
界面活性剤
住宅・家具用洗剤や食器洗いに使う家庭用洗剤、および石鹸に含まれる成分で、(独法)製品評価技術基盤機構(NITE)が、「NITEが行う新型コロナウイルスに対する消毒方法の有効性評価に関する情報公開」の中で、9種類の界面活性剤の新型コロナウイルスに対する有効性を公表しています。
それぞれの界面活性剤成分の0.01-0.24%以上が含まれる希釈溶液を20秒から5分間反応させると新型コロナウイルスの減少に効果的とのデータがあります。
以上挙げた、アルコールや次亜塩素酸ナトリウム液などは、現在、診察室や集会場などで広範に利用されていますが、この方法では労力と時間がかかる割には、十分な消毒ができない恐れもあります。
実際に、世界保健機関(WHO)では、「室内空間で日常的に物品等の表面に対する消毒剤の空間噴霧は、人の健康を害する恐れがあるために推奨されない」としています。*10
また、米国疾病予防管理センター(CDC)も、医療施設において「消毒剤の空間噴霧は、空気や環境表面の除染方法としては不十分である」として、医療現場で、感染予防用に日常的に使用することについては推奨しないと発表しています。
これらの代表的な除染方法以外で、空間の除染に使うことができるいくつかの別の方法は以下のようなものです。
マイナスイオン空気清浄器(プラズマクラスターイオン)
マイナスイオン空気清浄器は何年も前から存在しており、負に帯電した空気中の分子が、ウイルス、ほこり、バクテリアなどの粒子に結合し、空気中に浮遊するこのような粒子の数を減らすことにより、清浄器は密閉空間での汚染のリスクを低減します。
「プラズマクラスターイオン技術」とは、空気中の水分子と酸素分子から生成したプラス、とマイナスのイオンを空気中に大量に放出することにより、浮遊カビ菌、ウイルス・ダニ、アレルゲンなどを取り囲み、化学反応によって不活化する画期的な空気浄化技術です(*12より引用)。
プラズマクラスターイオンによる実験を行った結果、40分以内に99.7%の新型コロナウイルスを不活化する働きがあることが実証されています。
この方法は、空気中に浮遊する新型コロナウイルスを装置内に取り込んで、フィルターとマイナスイオンで除染するしくみのため、空気中に放出されてもすぐに落下して物品表面に吸着する性質のある新型コロナウイルス除染には意味がないように思われます。
それよりもむしろ、空気を掻き回すことによって、落下した新型コロナウイルスを巻き上げて、汚染を広げることにもなりかねません。
ポータブル空気清浄器
Air Doctorなどの名称で販売されている、移動中のユーザーが吸い込む空気を消毒する携帯型空気清浄器です。
首の周りに着用して最大30日間使用できます。
除菌の原理は、装置に充填されている亜塩素酸ナトリウムと酸が空気中の湿気と反応しに二酸化塩素ガスを放出し、これが殺菌効果を発揮します。しかし、ガスが非常に早く消散するため、すぐに希釈されて効果が持続するとは考えられません。
マイナスイオン空気清浄器やポータブル型の空間除菌器のいくつかのタイプで、新型コロナウイルスの予防効果を謳った(「新型コロナウイルスはマイナスイオンで死滅します!」などの表記)として、消費者庁から広告表示改善要求も出されています。
紫外線消毒
紫外線(ultra violet=UV)とは、目に見える可視光線の波長よりも短い波長を持つ1-400nmの光線のことです。波長範囲によって、200-290nmをUV-C, 290-320nmをUV-B、320-400nmをUV-Aと呼び、エネルギーが高いのは波長が短い紫外線です。また、200-380nmの波長のものを近紫外線、200nm以下の波長のものを遠紫外線と呼んだりもします。
紫外線は太陽光に含まれていますが、とくに力の強いUV-Cは上空のオゾン層に阻まれて地表までは到達しません。その代わりに、人工的に作り出すことができます。
殺菌効果のある紫外線は、波長が290nm以下のUV-BやUV-Cで、最も殺菌効果が強いのは260nm前後のUV-Cと言われています。このため、254nmの波長UV-Cが殺菌灯として市販されています。ただ、菌を殺す力があるということは人体にも悪影響があり、波長の短い紫外線にはDNA損傷を起こして、皮膚がんや白内障の原因となる可能性も指摘されています*17。
幸いに、波長の非常に短いUV-Cは上空のオゾン層にさえぎられて地上までは到達しませんが、UV-Bによる日焼けが人への悪影響としてよく知られています。
米コロンビア大学放射線研究センターでは、新型コロナウイルスには有害であるが、人体には無害とされる222nmの波長のUV-Cを使った殺菌装置を開発し、その高い殺菌効果と安全性に注目が集まっています*18。この光源はcare222と名付けられて、日本でも、間もなく販売開始の予定になっているようです。
これは大変優れた製品ですが大きな欠点も持ち合わせていて、紫外線が当たらない部分では除染が全くできないため、どうしても陰になる部分が出てしまう室内の広いスペースの除菌用にはあまり向いていません。そこで、UV-C照射装置を装着したロボットを使って、室内の広範囲に紫外線を照射して室内除菌を行う方法も考案されています。
しかし、備品があるとロボットが動けなくなるため、この製品はほとんど備品が置かれていない状態でしか使用できません。つまり、一般の事務所などのような備品や用品が集積しているような場所には対応していないということです。
一般的なUV-Cは、非常に危険な光線ですので無人状態でしか利用できません。一般的な波長の紫外線を使った除染は多くの場所での実施例があります。
オゾンによる室内空間の除染
一方、オゾン除染は、これらの除染方法にはない大きな特徴を持ちます。まず、強い酸化作用により、オゾンには強力な抗ウイルス作用があります。
また、オゾンはガス体であるため、閉鎖空間中に広範囲に広がり、空間に浮遊する新型コロナウイルスはもちろん、手の届かない物品、壁・床などの表面に付着した新型コロナウイルスの除染も可能です。物品が集積している事務所などでも、物品の隙間までオゾンが入り込んで除染してくれます。
また、オゾンは他の物質と反応した後には速やかに酸素に変化するため、残留汚染の心配がないという点も特筆されるべき特徴です。
とかくオゾンの危険性のみが強調されがちですが、オゾンが除染をしているその間だけ、きちんと対応すれば、これほど効果が高く安全な除染法は他にはありません。
ではここで、オゾンによる新型コロナウイルス不活化のしくみを解説します。
オゾンによる新型コロナウイルス不活化の仕組み
オゾン(O3)は、極めて不安定なガスで、空気中では速やかに分解して、酸素原子(O)と安定な酸素分子(O2)に変化します。
オゾンが分解した時に生じる酸素原子には強い酸化力があり、臭い成分などの他の物質と反応して安定化し、臭い自体を消滅させることが可能です。
また、脱臭以外に、水や空気の浄化、殺菌、脱色、有機物除去など幅広い分野で用いられています。
このように、強い殺菌効果を持つオゾンは、細菌、コロナウイルス、真菌、寄生虫の生存に対して強く反応。とくに、オゾンの抗菌作用に関しては多くの研究が行われており、研究でのターゲットとなった細菌種ごとのオゾン効果の文献も紹介されています。
コロナウイルスは、細菌とは違って自分一人では生きられず、宿主の細胞内に侵入して増殖します。この増殖スピードが問題で、指数関数的に増殖して宿主に大きな害を与えるだけでなく、周りにも拡散して感染を広げる特徴があります。
オゾンは、タンパク質、リポタンパク質、脂質、糖脂質、糖タンパク質を、強い酸化力を使って攻撃します*23-*27。
ウイルスの中でも、とくにオゾン効果が高いものをオゾン感受性ウイルス(オゾンの作用を受けて滅菌されやすいウイルス)と呼び、それには、アデノウイルス、ヘルペスウイルス、レトロウイルスなどのほかに、コロナウイルスも含まれます。
これらのウイルスは、体の外側がエンベロープと呼ぶ脂質の膜で覆われているのが特徴です。
オゾンは、この脂質にダメージを与えて断片化させるため、ウイルスの本体部分にあるRNAやDNAも生き残れず、ウイルスの増殖能が失われて不活化されます。
オゾンによるコロナウイルス不活化を確認した報告もあります。*33
ただ、これまで、新型コロナウイルスに対する効果の報告はありませんでした。
そんな中で最近、オゾンの新型コロナウイルス効果を実証する試験報告が公表されました。では、次に、その内容について簡単に触れます。
オゾンには本当に新型コロナウイルス不活化作用があるー新しい研究報告
5月10日、奈良県立医科大学などの研究グループは、オゾンの新型コロナウイルスに対する除菌効果を世界で初めて実証したことを報告しました*34,*35。
オゾンが新型コロナウイルスを最大1万分の一まで不活化できるとのことで、医療機関を始めとした広範な場面での実用化に期待が高まっています。
アルコール拭きだけでは十分な除菌ができない
この研究は、奈良県立医科大学微生物感染症学の矢野寿一教授、同大学感染症センターの笠原敬センター長らによるもので、オゾンの強い酸化力と非残留性と言う特徴を使って、現行のアルコール消毒などの限界を超えた新しいウイルス不活化手法の開発を試みたものです。
新型コロナウイルスをオゾンで1万分の1に不活化
研究グループは、安全キャビネット内で、耐オゾン気密ボックス(アクリル製)内に設置したステンレスプレート上に、培養した新型コロナウイルス株を塗布したものをサンプルとしました。
気密ボックス内でオゾン発生器からオゾンを発生させて、オゾン濃度を1.0~6.0ppmになるように制御・維持しました。オゾンへの曝露量は、医療機器認証の実証実験値であるCT値(濃度x接触時間)330や、総務省消防局による救急隊オゾン除染運用値であるCT値60に設定しています。
実験の結果、新型コロナウイルス不活化値は、CT値60(オゾン濃度1ppmで60分曝露)で10分の1から100分の1であり、CT値330(オゾン濃度6ppmで55分曝露)では1,000分の1から10,000分の1にまで達することが確認されました。この研究結果は、NHKのニュース番組でも取り上げられるほど大きな話題を呼び、多くのサイトがこの報告に言及しています。
「オゾンクラスター1400」であれば、60㎡・天井高2.5m・83分間のオゾン放出で、30分後には上記実験とおおよそ同じである6.0ppmになります。(1.0ppmであれば15分程度となります)
オゾン除染の際の注意点
このように、オゾンの優れた新型コロナウイルス不活化効果が実証されたわけですが、この実験で使われたオゾン濃度って一体安全なの?と思われると思われるのではないでしょうか。
そこで、オゾン滅菌のリスクは何なのかを調べてみます。
オゾンの持つ強い酸化作用は人体にも大きな有害作用を及ぼします。オゾンによる人体への影響は、オゾンが気体であることから吸引した場合の呼吸器への影響が中心です。オゾンを吸い込んだ場合の症状には、咳、息切れ、喘息などの肺疾患の悪化などがありますが、高濃度のオゾンを吸い込むと重篤な状態に陥ることもあります。
このため、多くの国で、オゾンに触れる時間(暴露時間)が制限されています。主な基準として、8時間の曝露制限を70 ppb(10億分の1)が設定されていますが、EUでの制限値はさらに低く設定されています。ただし、オゾン暴露濃度をきちんと測定し、それを守っている限りは問題はありません。また、完全な密閉空間で無人状態でオゾン処理を行い、さらにその外側でオゾン濃度をモニタリングしておけば、室内に入り込まない限り危険性は全くありません。
そのためには、オゾン濃度を正確に測定できる機器の設置が必要です。
日本でのオゾン許容濃度として日本産業衛生学会は、1日8時間、週40時間程度の労働時間中で0.1ppm(0.2mg/m3)という値を勧告しています。
実験で使用された値はこれよりもはるかに高い値です。しかし、オゾンへの暴露時間はせいぜい1時間です。労働環境中に絶えずオゾンに暴露がされている場合の勧告値とは単純比較できませんし、実験環境外にはオゾンは全く存在していませんから、もちろん安全です。
このように、オゾンを吸引することには厳しい制限が設けられており、知識のない者が自分勝手にいい加減にオゾンを取り扱うことは避けなければなりません。
重要なことは、きちんとコントロールされずにオゾンを使用することは危険が伴いますが、きちんとコントロールされた上でオゾンを利用することは、非常に優れた効果を与えてくれるということです。
オゾン除染の方法
あらゆる種類の部屋、病院、公共施設などのオゾンによる除染は、オゾン発生器を部屋に置き、空間を完全に外部と遮断した上で、メーカーが指示する特定の時間に合わせてオゾン除染を行います。
この間にウイルスや細菌が除染されるとともに、室内に悪臭も消失します。
除染中は絶対に室内に入らないようにし、装置がストップしてから30分待ち、入室してすべての窓を開けて外界にオゾンを散逸させるようにします。
オゾン発生器は、多くのメーカーから多種類の製品が販売されていて、価格が高いものほど性能が高く、高濃度のオゾンを発生させることができます。
オゾンでの除染実施例
オゾンによる新型コロナウイルス不活化が初めて実証されたことから、オゾンの利用への関心が高まっています。
オゾンによる空間除染のいくつかの実例を紹介します。
まず、病院内の除染にオゾンを利用している例です。
岡山市の飛岡内科医院では、院内感染予防用に、診療が終了後にオゾン滅菌器による除染を検討しています。
複数台のオゾン滅菌器を待合室、廊下、X線撮影室などに設置し、送風機でフロア全体にオゾンが行きわたるように工夫しています。
オゾン除染の際にはオゾン濃度計を用意してオゾン濃度を測定しながら行います。
新型コロナウイルスの感染力は数日間持続するとされているため、オゾンガスで処理が最適な手段と考えています。
横浜市のグッドライフクリニックでは、弊社のオゾン発生器を導入していただき、スタッフからは「安心感が違う」患者様からは「しっかり対策されていますね」と、感染症対策のために導入したオゾン発生器が「安心感」という付加価値になっているようで大変嬉しく思います。
このほかにも、オゾンの強い殺菌効果を期待した院内感染予防用にオゾンによる院内除染を始めた内科医院や、院内の除染と脱臭用にオゾンを利用している歯科医院もあります。
次に、そのほかの空間除染へのオゾン利用例です。
オゾン除染は、新型コロナウイルス感染症発生当初、ダイヤモンドプリンセス号内でクラスターが発生した際に用いられたことで有名になりました。
ダイヤモンドプリンセス号での新型コロナウイルス除菌消毒の場合には、作業員が室内に入ってドアノブや手すりといった部分をアルコール等で除菌する前に、高濃度オゾンを使った空間洗浄を行ったことが知られています。
これは、作業員への新型コロナウイルス感染を防ぐ目的で行われたものです。
また、旅館やホテルでのオゾン発生器の設置も広がっており、オゾンマートでも導入事例やオゾンコラムにて随時更新して紹介しています。
オゾンマートでは、ホテル・旅館の客室内除染の方法としては、宿泊者が触れた可能性の高い箇所のアルコール洗浄後に、密閉した室内をオゾン除染するというやり方を紹介しています。
除染時間は30分から1時間とし、その後、換気を行うのが正しい除染作業の流れです。
また、最近の導入事例だと、新型コロナウイルス対策として、サンフレッチェ広島様にオゾン発生器が導入されました。
さらに、今後、再び新型コロナウイルスパンデミックが起きた場合には、病院内に収容しきれなくなった患者をどこかに収容する必要が生じます。
その一例が欧米などで使われているテント内臨時収容施設です。このテントの除染用に、オゾンを使ったシステムの開発が進んでいます。
またオゾンマートのオゾン発生器は、医療・介護施設などにも広くお使いいただいております。
その他、東京消防庁新型救急車へのオゾンガス除染機器が搭載される(youtube)など、今やオゾンは除染作業においてなくてはならない存在です。
オゾンを使った備品・装置類の除染
オゾンは、他の除染方法ではなし得ない、広い面積を有する室内の除染が可能と言う優れた特徴を持つことを解説してきました。次に、オゾンを使った医療用備品や消耗品の除染、とくに、供給不足が問題となっているマスクのオゾン除染について検討してみます。
マスクの供給不足が問題となり始めてから大分経ちましたが、ここにきてようやく一般の人向けの供給不足は解消されつつあるようです。実際に、ドラッグストアやスーパー、ネット等での購入自体は可能になり始めていますが、価格は、以前の何倍もしているのが現状です。
一方、医療用マスクの供給については、5月29日付のJapan FORBESによれば、米ワシントンポスト紙などのサージカルマスクに関する調査では、医療関係者の10人に4人以上が不足していると答えたとしており、マスクの使い回しも続いている状態だと言います。
秋口にも流行の第二波が襲来することが心配されています。そうなれば、再び、世界的なマスク不足が起きることは必至です。それに向けた対応を今のうちに考えておかなくてはなりません。とくに、医療機関でのマスク不足は、院内感染拡大から医療崩壊をもたらしかねません。
これを回避するには、マスクの増産体制を図るか、マスクのリサイクル技術を開発するかです。前者は一朝一夕には成し遂げられません。そこで、後者に期待がかかります。
オゾンによるマスクの除染
マスクの種類
マスクには、素材の違いからガーゼでできたものと不燃布でできたものがあり、後者には、一般消費者が購入・使用するサージカルマスクと医療従事者向けの微粒子用マスク(N95マスクを含む)があります。
ガーゼマスクはガーゼを何重にも重ねて作られているため隙間が大きくて、新型コロナウイルス除去は適していませんが、洗って再利用することができます。(アベノマスクとして有名になった製品)
不燃布でできたマスクは、繊維同士を結合させてシート状にしたもので、隙間の小さなものも作れます。
不燃布マスクの性能については基準が設けられています。
マスクの性能を示すめやすとしてBFE(細菌ろ過効率、平均粒子径4.0-5.0μmの細菌粒子が除去された割合)とPFE(微粒子ろ過効率=ラテックス微粒子遮断効率試験、0.1μmの新型コロナウイルス粒子が除去された割合)があります。
米食品医薬品局(FDA)では、サージカルマスクの基準をBFE95%以上のレベルと規定。
一方、米労働安全衛生研究所(NIOSH)は、微粒子用マスクを油に対する耐性と微粒子の捕縛性により9種類に分類しています。
そのうちで、耐油性がなく、0.1~0.3µmの微粒子を95%以上除去できる性能を持つ、最も低い性能のマスクがN95と呼ばれるものです。
日本での基準としては、厚労省によるRS2規格とDS2規格があり、防塵用マスクとしてN95マスク相当の性能を求めています。
新型コロナウイルスを含むコロナウイルスのサイズはとても小さくて、0.1µm(0.12um~0.16um)程度と言われています*50。
このため、N95マスクであっても、新型コロナウイルスのマスク内への侵入防止にはぎりぎりの性能であるということが分かります。
もちろん、サージカルマスクには新型コロナウイルスのマスク内への侵入防止効果はありません。
では、サージカルマスクを付けていても意味はないのでしょうか?
そんなことはありません。感染者からの新型コロナウイルスを含んだ飛沫をブロックするには効果があります。
従って、一般の人は感染者からの飛沫防止用にサージカルマスクを、医療従事者には新型コロナウイルスの侵入防止用として、より強力な新型コロナウイルス防止効果を持っているN95マスクをという現在のやり方は基本的には正しいと考えられます。
次に、N95マスクの再利用は可能なのでしょうか?
N95マスクの再利用について
N95マスクを再利用するためにいくつかの方法が提案され、実際の効果が検証されて、その一部は医療現場に導入され始めています。
この点について最も大きく報道されたのは、4月10日にFDAが、過酸化水素ガス低温滅菌器および過酸化水素ガスプラズマ低温滅菌器を使ったN95 マスクの滅菌による再利用を認めたという記事です。以下、ヘルスデーニュースの記事を一部引用して紹介します。
FDAは4月10日、病院の医療従事者が、過酸化水素ガス低温滅菌器および過酸化水素プラズマ滅菌器を利用してN95マスクや同等品を再生処理し、再利用することを認める緊急使用承認(Emergency Use Authorizations;EUA)を与えたことを発表しました。
この方法により、1度にN95マスク10枚をおよそ24分~55分で再生処理できると言います。FDA長官のStephen Hahn氏は、「この認可により、米国の約8,000カ所以上の病院で、1日に500万枚弱のN95マスクを再生処理できる」と述べています。再生回数は、過酸化水素ガス低温滅菌器で2回まで、過酸化水素プラズマ滅菌器で10回まで可能です。
過酸化水素ガス低温滅菌では、蒸気化された過酸化水素を滅菌チャンバー内に送り、そこで除染対象物と反応させます。
一方、低温過酸化水素ガスプラズマ滅菌は、高度の真空状態にした容器内に過酸化水素を噴霧し, これにマイクロ波を照射して電離イオン “過酸化水素ガスプラズマ”を発生させる方式です。
このプラズマ現象によって, 極めて高い反応性(高酸化力)を持つラジカルが産生され、微生物を死滅させます。
オゾンによるマスク除染
では、オゾンを使ってマスクの除染はできるのでしょうか。また、オゾン除染をこれらの方法と比べた時のメリットとデメリットはどんなものなのでしょうか?
前述のように、オゾンは大きな面積を有する室内空間などの除染に最適ですが、もちろん、マスクのような小さな物品あるいは医療器械・装置の除染にも大変向いています。
このような小さなものを除染する場合には、密閉容器を用意して、その中にオゾン発生器で発生させたオゾンガスを封入するか、装置全体を密閉するシステムを作って、その中でオゾン散布を行います。
このような処理では、密閉空間内のオゾン濃度をかなり高くすることもでき、濃度を上げれば上げるほど短時間での除染が可能です。
上記の過酸化水素ガス低温滅菌器などを使った除染方法は、それぞれに特徴があって優秀なものですが、デメリットも大きなものです。
例えば、前者の装置は、1台が数百万円から1千万円以上もする高額なものです。また、1回に除染できるマスクの数が限られるという難点もあります。
これに対してオゾン除染は、数万円程度の安価な装置で行える上、密閉空間を大きくすれば大量のマスクを同時に除染することも可能です。
ここで、オゾンを使ったマスク除染の新しい研究報告を一つ紹介します。
誘電体バリア放電プラズマ発生器を使って生成したオゾンガスを、新型コロナウイルスで汚染されたフェイスマスクの滅菌に利用するというものです。
また、フェイスマスクを5分間オゾンに晒した場合、新型コロナウイルスに特徴的なエンベロープまたはエンベロープタンパク質が損傷されて、感染性を喪失することが示唆されました。
オゾンガスは強力な酸化剤であり、フェイスマスクの布構造など、届きにくい表面の新型コロナウイルスを殺すことができます。
これらの結果は、換気の良い場所でプラズマ発生器を使用して汚染されたフェイスマスクを迅速に消毒することが可能であることを示唆しています。
また、オゾンガスで滅菌操作を行った一般的な使い捨てマスクとN95マスクの劣化試験とオゾンの減衰状況調査の結果も報告されているので紹介します。
この実験では、業務用オゾンガス生成装置で発生させたオゾンを、マスクの入ったチャック付きの袋にオゾンガスを15分間注入しました。袋中のオゾン濃度はCV=17,000まで上げることができました。
ちなみにこの数字は、日本食品分析センターの測定結果から推定すると結核菌を99.9%殺菌できる力に相当します。
実験の結果、使い捨てマスクの耳にあてる白いゴム部分は無傷で使用可能でしたが、N95マスクの生ゴム部分は1回の暴露で切れてしまいました。
これは、N95マスクの生ゴム部分にオゾンが反応したものです。
新エネルギー・産業技術総合開(NEDO) 高濃度オゾン利用基準の研究・策定報告書によると、シリコンゴム、塩ビゴムなどのゴム性の材料はオゾンガスに対する耐性が小さく、特にニトリルゴムやクロロプロピレンゴムは耐性が小さいとされています。
このため、実際にオゾン除染を行う場合には、マスクのゴム部分を覆うなどの前処理が必要になるかもしれません。
また、マスクと並んで、オゾンでの除染需要が多いと思われる手袋についても、材質によるオゾンへの耐性がはっきりしていません。
なお、マスク内面に唾液や鼻汁などの汚染物質が多量に付着しているマスクを繰り返し再生する場合には、オゾン効果の減衰防止のために、マスクの内側にティッシュやガーゼなどを挟んでおくことが推奨されるということです。
この論文から、オゾン除菌のメリットは、水を使わないこと、殺菌効果が強力なこと、毒素が残留しないこと、除菌とともに消臭もできることなどであり、逆にデメリットとしては、(濃度によっては)ゴム部分が腐食されることと、処理後に若干のオゾン臭が残る点であることが分かります。
マスク除染に対する新しい試み
出典:ロボスタ
UV-Cを装着したロボットによる除染
最近、UV-Cをロボットに装着して除染を行う新しい方法が注目を集めています。日経XTECHに掲載された5月14日AFP記事で、米コロンビア大学の放射線研究センターのDaid Brenner氏らの研究で、遠紫外線C波(UV-C)と呼ぶ222nmの短い波長の紫外線が、新型コロナウイルス不活化に有効だとの報告が行われました。
UV-Cは表面に付着した新型コロナウイルスを数分以内に不活化させたと言います。また、マウスを使った実験では、体への悪影響は認められていないということです。
ただし、人の手で大きなサイズのUV-C照射装置を持ち歩いて広い面積の空間を除染することは、労力がかかって大変です。そこで、UV-Cをロボットと合体させて除染する装置が開発されているので、その方法を見てみましょう。
それは、アバターロボット “ugo” とUV-Cの合体で効果的な室内洗浄という方法です。人から人への感染回避には3密を避けることである程度は効果があります。しかし、3密を回避したとしても感染者が触った、ドアノブ、手すり、エレベーターのボタンや電気のスイッチなどに接触することにより、感染する可能性があります。従って、これらの「ハイタッチサーフェス」をきちんと除菌することにより、施設全体の感染リスクを大きく下げることができます。
新しい除染方法は、このような場所や部分の除染をアバターロボット “ugo” UV-C照射装置を装備して、この装置を使って行うという方法です。
その結果、これまで人力で行っていた除染作業を、感染リスクなしに遠隔操作で実施できるようになります。
また、これまでなかなか紫外線の光が行き届かなかった部分にもマジックハンドで光をあてられるようにもなります。
オゾン発生装置をロボットと合体させられないか?
オゾンは気体のため、UV-Cとは違ってオゾン発生器を室内に設置すれば、そこからガスが部屋中に充満して除染が効率的に行われます。ただ、オゾン発生器をロボットに装着して室内除染を行うことができれば、さらに広い面積にオゾンが行き渡り、除染効率の上昇につながることが期待できます。
現場では、UV-C照射装置に除菌剤散布機を組み合わせた自動移動搬送ロボットが開発され、病院と隔離施設向けに販売が開始されています。除菌剤として使われているのは、次亜塩素酸および過酸化水素ということです。
7月3日付けのヤフーニュースで、オゾン発生器をロボットに搭載して、オゾン除菌を自動運転によって行う「オゾン除菌自動運転システム」の実用化が目前であることが報道されました。
室内環境で人体に影響がない低濃度のオゾンを継続的に発生できるオゾン発生器メーカーと、追随走行が可能な自動走行車(車いす)の製造メーカーがタッグを組んで開発している製品で、本年9月にシンガポールで販売を開始するということです。
オゾン水による手指の除染
オゾンは手指の消毒にも効果的です。手指の消毒用にはオゾン水を使います。オゾン水とはオゾンガスを水に溶かしこんだ液体で、オゾンと同様にウイルスや細菌の除染に有効であるとされています。ただ、誰にでもオゾン水が作れるわけではないため、オゾンを手指の消毒用に用いるのは、医療関係の現場が中心になります。
新型コロナウイルス感染が問題になる以前から、多剤耐性菌による院内感染が医療現場では重要な問題になっていました。院内感染の問題は、とくにICU,CCU,NICUなどで深刻な問題になります。その防止策として、院内の空間除染に加えて、医療従事者の手指の洗浄は特に重要と考えられています。
そのための何種類かの薬剤が使われていますが、すべての菌に有効な殺菌剤はなく、院内感染は根絶できていません。
オゾン水は強力な殺菌作用を有し,一般細菌はもちろん、代表的な多剤耐性菌である(methicillin-resistant Staphylococcus aureus=MRSA)の除菌にも効果があるとされています。その力は絶大で、他の殺菌剤よりはるかに低濃度・短時間でウイルスや細菌の不活化や殺菌を行えます。
例えば、ウイルスを99%不活化するために必要とされる濃度・時間積(mg x min/L)を比べると、次亜塩素酸が5以下、次塩素酸イオンが200以上、モノクロラミンが1000なのに対して、オゾン水はわずか1程度です。
このようなメリットに対してオゾン水は、オゾンと同じ性質を持つため、反応後速やかに消失してしまいます。このため、オゾン水を保存することはできず、使用の都度調整しなくてはなりません。
また、人体への影響にも配慮が必要です。このようにデメリットもありますが、残存性がないことや配水系にも影響しないなどオゾン水は、院内感染対策のための手指線上にとって最適な手段となるものです。
オゾン水の特徴、細菌やウイルスに対する作用、安全性と毒性、利用分野などについては、「環境分野におけるオゾン水の利用指針―基礎編」が日本医療・オゾン学会より公表されていますので、こちらをご参照ください。
実際にオゾン水は、歯科医院などでの器具やユニット周辺部分の消毒に使われたり、口中の殺菌用にうがい水として使われたりしています。
オゾン除染を導入している一例としてうらかわ歯科医院様を紹介します。
医療機関では、除菌のために化学薬品を使うのですが、問題はその残留性です。
除菌だけでなく、残った成分は「毒」として作用するかもしれませんので、その取扱いはとても神経を使います。
その点、オゾンであれば、強力な除菌作用を持っているにもかかわらず、瞬時に分解・無毒な状態になりますので、さまざまな患者さんが来院する医療機関でも安心して使用できます。
診療室内の床や流し台、診療台(ユニット)まわりの清掃、除菌や、患者さんの口腔内の治療にも安心して使えます。
さまざまな患者さんが来院する医療機関でも安心して使用できます。
まとめ
オゾンはガスとして広い面積の室内除染に使われるとともに、ガス体およびオゾン水として、手指の消毒、医療機械器具の除染に利用されています。
特に、品薄が続くマスクの再利用のための除染に力を発揮します。
ただ残念なことに、オゾンというとすぐに危険なガスというイメージが付きまとい、また、実際にコロナウイルス不活化に効果があるというデータが公表されていなかったことから、これまで十分に普及してきませんでした。
しかし5月に、オゾンにコロナウイルス不活化のデータが公表されたことから、今後は、大いにその真価が評価されることが期待されます。
とくに、医療用手袋や防護服、フェイスガードなどをまとめて一気に除染できるという強みがあります。
ただ残念なことに、医療関連消耗品などの除染に対するオゾン効果についてのしっかりとしたデータが得られていません。
今後は、物品ごとに使用をするオゾンの最適濃度や処理時間を明らかにするとともに、物品の材質ごとのオゾンの反応を調査し、オゾンの力を最大限発揮できる条件を明確に提示していくことが必要と思われます。
北半球では夏に向かって気温が上昇するので、新型コロナウイルス感染が少しは下火になるのではないかと期待する向きもありましたが、暗に相違して、アメリカを中心として感染拡大が収まりません。
このような状況の中で、治療薬やワクチン開発とともにますます重要になってくるのが、汚染除去対策です。
私たち一人一人の手指の消毒用には、アルコールを始めとしたいくつかの薬剤が広く利用されていますが、病院や公共施設などの大規模な空間の一斉除染のための最適な方法の開発が求められています。
その切り札になるのがオゾンを用いた除染です。これまでは、オゾンの新型コロナウイルスに対する効果が分かっていませんでしたが、オゾンによる新型コロナウイルス不活化作用が確認されたことにより、オゾン除染への期待がますます高まっています。
一方、ここに来て注目を集めている紫外線除染では、ロボットに装置を設置して自動運転させる試みが行われています。
オゾン除染は無人環境で行うことが必要です。このため、紫外線除染に応用されるロボットテクノロジーをオゾン除染にも応用して、これまでにないスケールでの除染が可能になることが期待されます。