オゾンと消臭
オゾン(O₃)とは酸素(O₂)の同位体で、酸素にもう一つOがくっついた化学式O₃で表されます。
オゾンは発生器で容易に発生でき、抗菌・抗ウイルス効果を示し、すばやく空気中の酸素に戻ることができるため、除菌と消毒ができる地球にやさしい抗菌物質として注目されています。
加えてオゾンは消臭効果があることも知られています。一般向けはもちろん業務用の消臭にも使用されています。
本記事ではオゾンの消臭効果について、消臭という言葉の定義から実際に生物が匂いを感じるメカニズムとオゾンが匂いの原因物質に働きかけるメカニズムまで解説させていただきます。
消臭とは〜脱臭・防臭との違い
消臭と脱臭と防臭は似た意味の言葉でいずれも一般的にも匂いに対抗する意味で使用されると思います。
しかし、商品の性能表示上、これら3つの言葉は厳密に使い分けられています。
芳香消臭脱臭剤協議会は厚生労働省の指導のもと、「家庭用芳香・脱臭・防腐剤安全確保マニュアル作成の手引き」のなかでそれぞれの言葉に対して次のような定義を定めています。
芳香剤 空間に芳香を付与するもの
消臭剤 臭気を化学的または感覚的作用等で除去又は緩和するもの
脱臭剤 臭気を物理的作用等で除去又は緩和するもの
防臭剤 他の物質を添加して臭気の発生や発散を防ぐもの
これらの定義に鑑みた場合、オゾンは匂いを化学的な作用によって元から消すため、消臭という言葉が最もフィットしています。
では、どのようにオゾンは化学物質を元から除去していくのでしょうか。
匂いを感じる生物の不思議
そもそも匂いとはなんでしょうか。生物はどのように匂いを感じることができるのでしょうか。
生物の嗅覚は主要な感覚の中の一つとして知られており、そのメカニズムは複雑で現在尚多くの研究者を魅了し続けています。
どの分野にもブレイクスルー的な論文が存在するのですが、嗅覚分野においてはリチャード・アクセルとリンダ・バックの2人が書いたこの論文がそれに当たります。
論文「A novel multigene family may encode odorant receptors: A molecular basis for odor recognition」の要約は下記の一文から始まります。
The mammalian olfactory system can recognize and
discriminate a large number of different odorant molecules.
哺乳類の嗅覚システムは多くの異なる匂い分子を認識し、弁別することができる。
既知の事柄をシンプルな英語で表現することが望まれる科学論文のsummary(要約)にこれほど素晴らしい文章は存在しないと思います。
バックグラウンドとして彼らがこの論文を発表した1990年代前半は解剖学的な知識が出揃って、生化学的な実験が終焉を迎え、少しずつ分子生物学的な実験手法が整えられてきた時代でした。
いわゆる細胞内情報伝達系の研究から遺伝子研究の全盛期です。
本論文でも彼らは分子生物学・生化学的な手法を用いて、嗅覚システムのメカニズムを議論していくわけです。
彼らが期待した成果は遺伝子レベルの結果から細胞内情報伝達系の議論です。
細胞内情報伝達系とは、文字通り、細胞の中を情報が伝える経路のことをいい、生物系の学部生が1年生で必ず勉強する登竜門的な存在です。
一般的に細胞は脂質二重膜という細胞膜によって囲まれているため、親水性の分子は直接細胞の中に情報を伝えることができません。
匂い分子においても例外ではなく、そのままの状態では多くは細胞の中に浸透することなく、何らかの分子を介して細胞の中に情報を伝えることが推測されます。
生物の細胞には都合よく受容体といわれる分子が細胞に貫通する形で存在しており、多くの親水性の分子はこの受容体を介して細胞の中に情報を伝えていくことが考えられているのです。
この受容体と分子の関係はホルモンの研究でメインに発見されました。
次の生物学的な課題は受容体に対して分子が結合した後でした。
ホルモンだと想像しやすいと思いますが、ホルモンが体内で分泌されたとき、身体は何らかの変化を起こします。
では、ここで生物学者が考えたのは分子が受容体に結合した後、どのように細胞の中で変化が生じるのかということでした。
こうしたバックグラウンドのもと研究され、発見されていったのが細胞内情報伝達系です。
細胞内情報伝達系の発見も歴史があり、それぞれにドラマがあってノーベル賞があるほど深い分野なのですが、この論文が出された当時も現在も一つ一貫されている考え方があります。
それは受容体によって細胞の中での情報伝達がある程度決まってくるということです。
それぞれの受容体に対して二次的に情報を伝える伝達物質(セカンドメッセンジャー)が決められています。
・G蛋白質共役型受容体はcAMP(サイクリックAMP)
・受容体型チロシンキナーゼ
・イオンチャネル型受容体
具体的な本論文での議論の内容は、嗅覚システムが匂い分子を認識するメカニズムです。
彼らは先行研究から嗅覚システムもG蛋白質共役型受容体による制御を受けているのではないかと推測します。
彼らはラットの嗅上皮の細胞から遺伝子を抽出し、そこでG蛋白質共役型受容体と同じような配列が存在しないかを検討しました。
結果として彼らはG蛋白質共役型受容体に特徴的な7回膜貫通型ドメインの配列を嗅上皮由来の遺伝子からも発見し、嗅上皮には多様なG蛋白質共役型受容体が存在することを明らかにしました。
本成果によってリチャード・アクセルとリンダ・バックは2004年にノーベル医学・生理学賞を受賞しました。
この議論からある程度嗅覚のメカニズムの枠組みを改めてご紹介させていただきます。
化学的に異なった多様な匂い分子が存在し、それぞれによって異なる受容体もしくは異なる細胞内情報伝達系によって、哺乳類は多様な匂いを嗅ぎ分けることができるわけです。
匂いの原因物質
生物学的な匂いへの知識を解説させていただいたところで、匂いを化学的に探っていこうと思います。
アンモニアの作成
水酸化カルシウムと塩化アンモニウムからアンモニアを生成する実験は皆さん覚えていらっしゃるでしょうか。
中学校の理科の実験でおそらく行っている実験で、無臭の2つの水溶液と個体からアンモニアが発生するということで印象に残っていることと思います。
化学反応は分子式一つで違う生成物になり、アンモニアのような強烈な匂いがする気体を生み出します。
そんなアンモニアですが、生体内では生化学的にアミン(アミノ酸)の代謝産物の一つとして知られています。
アミノ酸とは蛋白質の構成単位で、食事により摂取した蛋白質や自分自身の古くなった細胞を分解して一部をアンモニアに代謝します。
アンモニアは水に溶けると強いアルカリ性を示すため、生体内ではあまり都合がよいものではなく、肝臓がアンモニアを代謝し、尿素という形で体外に排出されます。
いま、化学的な観点と生化学的な観点から分子式が少しでも異なると役割が変わることを説明しました。
有害な物質(匂いの元になる物質)は化学式レベルで機能を有しており、生体内では巧妙に有害物質を無害化する仕組みが備わっています。
しかし、我々が生きる空間内での悪臭の原因(例えばアンモニア)は放っておいても無害化されることはなく、我々にとってただひたすら害になるだけです。
そこで、オゾンの登場です。
オゾンは酸化反応によって有害物質を無毒化する化学物質です。
しかも反応性生物として生じるものは酸素のため、人体との相性も非常に良いのです。
オゾンによる消臭は古くから研究されており、
「オゾン酸化法を中心とした脱臭システムの事例と方向」
住友金属鉱山(株)化工機事 業部部長 1980年執筆
に詳細に記述されています。
本研究論文ではオゾンはアンモニアを酸化反応によって無害な窒素にするとしています。
その他の匂いの原因物質であるトリメチルアミン、硫化水素やメチルメルカプタン、硫化メチル、二流化メチルも同様に酸化によって無臭な物質にするとしており、オゾンの匂いの原因物質の除去率の高さを明確に示しています。
先に嗅覚システムのメカニズムの解説とアンモニア代謝の実例の際に、哺乳類がどれほど緻密に化学物質の認識・制御を行っているかを説明しました。
それを踏まえるとオゾンによる酸化反応が如実に生体への影響を変化させていることを理解するのは難くありません。
実際にアンモニアの例ではオゾンとの反応生成物は窒素であるため、間違いなく匂いの原因物質は無くなっていることがわかります。
まとめ
匂いといっても、匂いは主観的なものであり、人間が都合よく悪臭物質と判断しています。
ヒトは嗅上皮という場所の細胞の多様な受容体が匂い物質を検出しており、オゾンはヒトが有害・悪臭だと認識する化学物質を無害な形に酸化してくれます。
芳香消臭脱臭剤協議会の定義に則ってもオゾンの働きはまさに消臭で、その消臭効果は科学的にしっかりとした根拠のもと提唱されています。