オゾンとロタウイルス
オゾンコラムにはすでにロタウイルスに関する一般的な解説がされた記事「【医師監修】ロタウイルスの感染をオゾンで予防!」がありますが、本記事ではロタウイルスに関するレビュー論文やアメリカのブルックヘブン国立研究所が報告した研究成果等をもとにさらに詳しくご説明します。
オゾン・オゾン水とは
オゾン(O3)とは酸素(O2)の同位体で、酸素にもう一つOがくっついた化学式O3で表されます。
オゾンは発生器で容易に発生でき、抗菌・抗ウイルス効果を示し、すばやく空気中の酸素に戻ることができるため、除菌と消毒ができる地球にやさしい抗菌物質として注目されています。
オゾン水とはオゾンが溶けこんだ水です。
オゾン水のオゾンは酸化によって除菌した後に水に戻ることができるので、こちらも人体への害を考えずに遣うことができる消毒・除菌薬として利用されています。
本記事で扱うロタウイルスに対してもオゾン・オゾン水は強い消毒効果があることが知られています。
ロタウイルスとは
ロタウイルスはインフルエンザウイルスやノロウイルスよりも少し馴染みがないウイルスで、初めて耳にされたかたも多いと思います。
国立感染症研究所のウェブサイトの情報を参考に簡単に説明させていただきますと、ロタウイルスは急性感染性胃腸炎を引き起こすウイルスです。
主に5歳未満の小児に感染する疾患で、感染経路は糞口感染がメインとされています。
ロタウイルスは感染性が非常に強く、発症予防が難しいウイルス感染症とされています。
ロタウイルス感染への一般的な予防策
ロタウイルスワクチンによるロタウイルス感染予防が最も推奨されています。
ロタウイルスの構造
さて、ロタウイルスとはどのようなウイルスでしょうか。今回は古典をメインにロタウイルスの遺伝子とその構造、そして機能を紹介していきます。
また、ウイルスの分類に関しては生物学的な背景からしっかりとした説明をつけさせていただきます。
ロタウイルスに関するレビュー論文
こちらは1989年に執筆されたロタウイルスに関するレビュー論文です。2019年現在1000回ほども引用されている名著です。
以下、本文中よりロタウイルスの特徴を翻訳して掲載させていただいております。
(i) 成熟したウイルス粒子はエンベロープを持たない多層の正二十面体のカプシドプロテインを有しており、直径約75 nmで外層と内層とコアによって構成されています。
(ii)ウイルスゲノムは二本鎖RNA(dsRNA)の11個のセグメントによって構成されています。
(iii) 粒子はRNA依存性のRNAポリメラーゼと他の酵素がRNA翻訳を担っています。
(iv) ウイルスの複製は感染細胞で行われています。
(v) ロタウイルスは遺伝子再集合を行うこともできます。
(vi) 蛋白質分解酵素による処理はカプシドプロテインのVP4の切断によってウイルスの感染を促進します。
(vii) ウイルス粒子は小胞体に形成され、膜に包まれた粒子が形態形成のステージで一過性に明白に現れる。
(viii) 成熟した粒子は細胞分解によって感染性の細胞から開放されます。
ウイルスは蛋白質構造とゲノムの構成によって大別されます。形を形成している大まかな枠組みを想像していただくとわかりやすいと思います。
(i)
ウイルスはエンベロープを持っているか、持っていないかによって大別されます。ロタウイルスはエンベロープを持っていない方に分類されます。
ここで、重要なことはエンベロープを持っていないウイルスは一般的に消毒に強い抵抗を示す性質が言われています。
ウイルスは蛋白質の殻(カプシド)で形成されていて、ウイルスの種類によってカプシドの形が分類されます。
ロタウイルスは正二十面体でカプシドと呼ばれる殻をもっています。
(ii)
ゲノムとは通常遺伝を司る部分のことをいって、ヒトの場合二本鎖DNAによって構成されています。
ワトソン・クリックのDNAの二重らせんモデルはもしかしたらお耳にしたことがあるのではないでしょうか。
このように脊椎動物は例外なく二本鎖DNAがゲノムを構成しているのですが、ウイルス(非生物)の場合は少し様子が違います。
DNAだけでなくRNAをゲノムの主成分としているものもいますし、二本鎖だけではなく一本鎖のものもいます。DNAかRNAか、そして一本鎖か二本鎖かで4種類にウイルスを分類することができ、ロタウイルスの場合、二本鎖RNA(double strand RNA: dsRNA)に分類されるのです。
(iii)
ここで、まずなぜゲノムの構成による分類がウイルスの分類に重要かを簡単に説明させていただきます。
通常生物は細胞が分裂する際に遺伝物質であるゲノムも複製する必要があります。
ゲノムの複製とは一口にDNA自体を二倍にすることを意味します。このフェーズを複製(replication)といいます。
では、どのように複製するかといいますと、複製という役割を担っている酵素が細胞の中にいるのです。その酵素の一つをポリメラーゼといいます。ポリメラーゼはDNAかRNAのどちらの働きかけによって働きを行うか、そしてDNAかRNAのどちらを複製するかによって名前が異なってきます。
つまり、RNA依存性RNAポリメラーゼとは、RNAによって働くRNAを複製する働きを行う酵素という意味です。
(iv)
ウイルスは一般的に非生物(生物ではない)とされています。
その理由はウイルスだけで増殖することができず、他の生物の細胞に寄生して初めて増えることができるからです。
つまり、ウイルスが感染性細胞で複製するとはウイルスの増殖形式にロタウイルスが則っていることを表しています。
(v)
遺伝子再集合とは、複数の種類のウイルスが単一の宿主に感染した際に新しい遺伝子構成を持ったウイルスが現れることを意味します。
インフルエンザウイルスも遺伝子再集合を行うことが知られており、遺伝子再集合によって突然変異体をつくることが報告されています。
インフルエンザのような多様な型がロタウイルスでもつくられることを意味しています。
(vi)
こちらはウイルスの感染様式に関する詳細な記述です。
一般的にウイルスの感染はカプシド蛋白質が重要な役割を担っていることが多いです。
理由はカプシドが他の細胞との接触面に存在するからです。
ロタウイルスの場合、最外層のカプシド蛋白質である(VP4)を蛋白質分解酵素によって一部分が切断されると感染力が強まることがわかっています。
(vii)
こちらもロタウイルスの感染様式に関する詳細な記述です。
本内容は、ウイルスは感染性の粒子を増殖させる際に出芽(budding)という形式を取りますが、ロタウイルスは小胞体内に出芽し、小胞体内で一過性に膜を持った粒子を形成することを意味しています。
小胞体とはその名の通り細胞内の小胞の形成に関連する重要な細胞小器官です。
さて、簡単にロタウイルスにより引き起こされる疾患とウイルスの構造を簡単にご説明させていただきました。以下ではオゾン・オゾン水がロタウイルスに対してどのような効果を及ぼすかを見ていきましょう。
オゾン・オゾン水が抗ロタウイルス効果を示す具体例(研究紹介)
アメリカにあるブルックヘブン国立研究所が報告した研究成果です。Inactivation of Human and Simian Rotaviruses by Ozone
こちらはオゾンによるヒトと猿のロタウイルスの不活性化に関して実験を行っている論文です。
ヒトロタウイルスの方が猿ロタウイルスよりも容易にオゾンによって不活性化でき、0.25 mg/Lのオゾンは温度に関わらずどちらのロタウイルスも不活性化できたと報告しています。
本論文ではオゾンは生化学実験で主に使用される(phosphate-carbonate buffer)に溶かして使用されています。
そこで筆者らは、この結果は実験室環境下で用意されたものであるため、より様々な環境でオゾンによるウイルスの不活性化実験を行い、知見を深めるべきだと述べています。
オハイオ州立大学 研究論文
こちらはアメリカのオハイオ州立大学のグループから2002年に報告された研究論文です。
本論文ではヒトロタウイルスをオゾン処理、高圧処理、パルス電場処理によってヒトロタウイルスの不活性化を評価しています。
それぞれの処理を行ったヒトロタウイルスをMA104細胞というアフリカミドリザル由来の腎臓の細胞に感染させて、MA104細胞への感染性から処理の効果を評価しています。
ここで、彼らはオゾン処理によってウイルスをほとんど不活性化するオゾンの濃度は5.2〜25 µg/mLであるとしています。
このオゾンの濃度は上のVaughn JM et al.の論文と10倍ほど違います。
本論文の筆者らも本文中でこの違いを議論しており、彼らは使用したウイルス株の違いや実験条件の違いが影響しているのではないかと述べています。
また、彼らは本文中で他のオゾン処理によるウイルスの不活性化の研究とロタウイルスとの違いを述べています。
これまでの先行研究を分析すると、A型肝炎ウイルスのようなエンベロープを持つウイルスはオゾンへの抵抗性が高く、ロタウイルスのようなエンベロープを持たないウイルスはオゾンへの抵抗性が低いと述べています。
つまり、オゾンはカプシドの蛋白質に直接的に働きかけることでウイルスの感染性に影響を及ぼしていると考えられます。
オゾン・オゾン水による抗ロタウイルス効果、感染予防のまとめ
ロタウイルスは特に小児に対してウイルス性の腸炎を引き起こし、特に発展途上国では社会問題となっています。
しかしながら感染力が強く、予防も公衆衛生上の対策とワクチン程度しかなく、対応が難しいウイルスです。
オゾンはロタウイルスがエンベロープを持たないウイルスであるため非常に消毒効果が高く、ロタウイルスの感染予防として有効であることが先行研究より示唆されています。
今後ロタウイルスのようなエンベロープを持たないウイルスの消毒にはオゾンがスタンダードになっていく可能性もあり、さらなる研究が待たれます。