農業におけるオゾンの利用
地球環境の悪化は作物に重大な影響を与えています。
異常高温や低温、洪水・干ばつなどが作物を直撃し、作物の収量低下が農業に与える損害は甚大なものになりつつあります。環境悪化は作物を根こそぎ奪い去るだけでなく、感染症の大規模発生という形でも作物を苦しめるのです。
作物の感染症に対しては種々の農薬が開発されてきましたが、残留農薬の人への毒性の問題などがあって、減農薬や無農薬化の取り組みも行われています。
そこで、残留性のない殺菌剤としてオゾンが注目されています。ここでは、農業でのオゾン利用の現状について紹介します。
1. 農業でのオゾン利用の現状
農業分野でオゾンは、
・土耕栽培での、オゾンガス暴露による栽培作物の生育促進や種子の発芽促進
・土耕栽培での、オゾン水散水・噴霧による栽培作物の細菌感染防止や種子の消毒
・水耕栽培での、培養液の殺菌や栽培システムの消毒
・農産物食品の除菌・洗浄
などに広く使われています。
作物の栽培方法には、土耕栽培と水耕栽培の2種類の方法があります。土耕栽培は、屋外の露地やハウス内で土を使って栽培する方法で、水耕栽培は、ハウス内や屋内で、土を使わずに培養液(作物の生育に必要な栄養塩類が豊富な液体肥料、液肥ともいう)を使って栽培する方法です。
農業でのオゾンの利用には、栽培環境に合わせて、作物体をオゾンガスに暴露(一定の濃度のオゾンガスの充満した空間に置くこと)する場合と、オゾン水を作り、それを散水(作物の根の部分に水やりをする)、噴霧(作物の葉や茎に霧状の水を吹きかける)、あるいは培養液として用いる場合があります。
1.1. オゾン水とは
オゾン水とはどのようなものでどうやって作るのでしょうか?
オゾン水は、オゾンガスを封入した水で強い殺菌作用を持ちます。
オゾン水の製造には、オゾンガス発生器からオゾンガスを水中に吹き込んで作るのが一般的です。
オゾン水の利用目的は、オゾンガスと同様に、殺菌・除菌と脱臭です。
非常に広い範囲で利用されていて、シンクの水回り、風呂場、排水溝の殺菌・脱臭に使われるほか、医療現場では、器具の洗浄用や手洗いに汎用されて、院内感染防止に大きな役割を担っています。
2. 作物の感染症に対するオゾン殺菌
作物の病気の原因となる細菌やカビの殺菌対策には、これまでは、次亜塩素酸ナトリウムなどの殺菌剤が使われてきました。ただ、このような殺菌剤の環境汚染に対する懸念も生まれています。オゾンガスやオゾン水を従来の殺菌剤の代わりに使えないものでしょうか?
この点を検討する前に、まず、作物の代表的な感染症を紹介します。
2.1. 作物の感染症
うどんこ病
樹木、草花、野菜など全ての作物に多発する病気で、葉が白いうどん粉をふりまいたようになって枯れる、あるいは栄養障害で作物体の生育が悪くなります。
ウドンコカビというカビが原因で、通常は殺虫剤の噴霧で治療します。
炭疽病
コレトトリクムというカビの一種による病気です。
果樹、草花、野菜などに灰色~黒っぽい斑点を生じ、感染が拡大すると作物の生育に影響します。
例えば、カキの実に黒い斑点が現れて、そこがえぐれ、腐っていくものです。
感染した葉、枝、実はすぐに取り除いて、農場から外に出して感染拡大を防ぎます。
根腐れ病
水耕栽培作物に見られる、カビの一種のビシウムが原因の感染症です。
根が腐敗して、最後には委縮・枯死します。
トマトを植え付けるポットや発泡スチロールの加熱消毒が有効です。
青枯れ病
トマト、ナス、ジャガイモ、イチゴなど多くの野菜の感染症で、土壌中にいるラルストニアという細菌が病原菌です。
感染した作物は、萎縮して枯れる特徴があります。畑全体に広がって作物が全滅することもありますが、有効な薬剤がない厄介な病気です。
2.2. 作物の感染症に使われる殺菌剤
これらの作物の感染症に対して、良く使われるいくつかの薬剤を紹介します。
次亜塩素酸ナトリウム
次亜塩素酸ナトリウムは、公益社団法人・日本水道協会品質認証センターが水道用として承認している殺菌剤で、ほとんど全ての菌に対して有効です。
このため、水道の殺菌用に使われているほか、医療福祉分野や食品関連分野、プール・浴槽の殺菌・消毒用に広く用いられています。
殺菌用には、塩素濃度6%、あるいは12%の次亜塩素酸ナトリウムを用います。
これが細菌の細胞膜を透過して細胞内に入り、酵素や核酸などの重要な物質を酸化して破壊する結果、殺菌につながります。
殺菌以外にも、洗浄・漂白・脱臭用に利用可能。
(参考資料)
次亜塩素酸ナトリウムを用いた洗浄・殺菌操作の理論と実際
電解次亜塩素酸水(電解水)
塩化カリウムを電気分解して作る電解次亜塩素酸水(電解水)は、pH6.5以下の酸性の水で、塩素を10~60mg/ℓ含み、殺菌剤として高い殺菌効果があります。
この水を使って栽培したパセリ、ルッコラ、大葉、ミツバ、イチゴなどは有機認証を受けられます。
これらの薬剤に含まれる塩素が殺菌効果を持つのですが、塩素は、水道水中の他の有機物と反応して「クロロホルム」という発がん性が危惧される物質を生成します。
また、塩素系薬剤には金属製品を錆びさせる影響もあります。
現在、次亜塩素酸ナトリウムは、収穫した野菜やカット野菜の殺菌剤として広く使われていますが、栽培過程での作物の殺菌や農業関連器具の殺菌には向いていません。これらの目的に利用されている農薬を紹介します。
ケミクロンG
農業用資材の殺菌や灌漑用水の浄化に際して使われる農薬で、塩素濃度70%の強い酸化剤。次亜塩素酸カルシウムを主成分とし、カルシウムハイポクロライト(通称ハイポ)の商品名で広く普及しています。
水と反応して発火する危険性があり、取り扱いが面倒です。
また、皮膚に付いた場合や目に入った場合には、障害を引き起こすこともあります。
チアベンダゾール(TBZ)
TBZは、ヘテロサイクリック系の殺菌剤で、食品添加剤、農薬、動物用医薬品として使われています。かんきつ類やバナナの防カビ目的で使用されていますが、果皮だけでなく果肉からも薬剤の残存が発見されています。その結果、胎児に奇形が生じるとの実験結果もあり、その危険性が指摘されている殺菌剤です。
以上のように、作物や野菜の殺菌用に使われている有機殺菌剤は、いずれも、安全性に大きな問題を抱えています。
2.3. 作物の感染症原因菌のオゾンによる殺菌
これに対して、オゾンを使った殺菌法の効果はどうなのでしょうか?いくつかの事例を示し、そのメリットとデメリットを紹介します。
土耕栽培作物のオゾン殺菌
10mg/ℓのオゾン水を土耕栽培のキュウリに散水して、病害の除去効果を調べた実験データがあります。
この中で、オゾン水処理区では無処理区と比べて、うどんこ病や炭素病などの病害発生率が大幅に減少したことが示されました。
(参考資料)
農薬に依存しないマイクロバブルオゾン水利用による環境保全型農業の構築
オゾン水では、時間の経過とともに、水に溶け込んだオゾンガスが吸気中に逃げて行き、オゾン濃度が低下するという問題があります。この問題を防ぐため、オゾン水をマイクロバブル処理して細かい泡にオゾンを閉じ込めることにより、オゾンが3倍も空気中に排出されにくいマイクロバブルオゾン水が開発され、利用されています。
このマイクロバブルオゾン水を使って水耕栽培を行ったところ、5ppmの低濃度オゾン水処理によりトマトの青枯れ病菌の発病を完全に抑え、生育障害も認められないという成果が得られています。さらに、チンゲンサイの生育が促進され、イチゴの生育と果実収量の増加も認められました。
水耕栽培作物のオゾン殺菌
次に、水耕栽培でのオゾン水の作物や種子への作用を見てみます。
水耕栽培では、通常、タンク内に培養液を入れ、この培養液を、循環システムを通じて栽培作物の根に供給しながら栽培します。
カイワレダイコンの水耕栽培において、培養液にオゾン水(0.8mg/ℓ)を使ったところ、茎の成長が未処理個体と比較して1.4倍になったとの報告があります。
また、ハツカダイコン、大麦、もやしで終了増加が認められたとも報告されています。
これは、オゾン添加により、培養液中に酸素が増えた結果であると考えられます。
(参考資料)
オゾン暴露がニンジン種子の発芽と初期生育に及ぼす影響
また、培養液に、0.2ppmのオゾンを7日ごとに24時間、間欠的に注入すると、水耕栽培ネギで根腐れ病の発生を抑えることも明らかにされています。この結果は、オゾンによる、ネギの根腐れ病の原因菌であるピシウム菌の殺菌効果を示すものです。
(参考資料)
水耕ネギ栽培におけるオゾン水による培養液の殺菌方法
このように、オゾンガスを、培養液中に直接注入するのではなく、タンク内に入れた培養液を、オゾン水製造器を通してオゾン水に変えてからタンクに戻し、循環システムに流すというシステムも開発されています。
トマトの水耕栽培の一種であるロックウール栽培にこのシステムを使ったところ、根腐れ病と青枯れ病に対して、非常に優れた殺菌効果が出ることが明らかになっています。
(参考資料)
オゾン水を利用したロックウール栽培トマトの養液殺菌システム
培養液に利用するオゾン水の細かい条件についても調べられています。
キュウリに寄生するフザリウム菌を、異なる濃度のオゾン水に漬けてその殺菌効果を調べました。その結果、オゾン初期濃度0.4mg/ℓの濃い目のオゾン水をタンク内に保存しておき、オゾン濃度が0.1mg/lまで下がってから培養液として栽培槽内に循環させると効果的であることが示されました。
(参考資料)
養液内病原菌のオゾンによる殺菌
2.4. 種子の発芽に対するオゾンの作用
オゾンはさらに、作物の種子の発芽・成長にも好影響を与えます。
発芽床に置いたもやしの種子に、オゾンガスを暴露したところ、付着菌類の減少と茎の成長促進が認められたほか、SOD活性の上昇も確認。SODは抗酸化物質であり、これが増えるということは活性酸素が多く発生したことを意味しており、大量の酸素の発生が茎の成長につながったと考えられます*18。
また、ニンジンの種子を、0.1~2ppmの低濃度のオゾン水で1日の短時間処理した場合に、発芽率や初期生育に良い結果をもたらし、カイワレダイコン種子の生育促進をもたらしたとの報告もあります。
4. 食品分野でのオゾンの利用
食品分野でも、オゾンは、オゾンガスとしてもオゾン水としても色々な所で利用されています。まず、野菜や果物をオゾン水に漬けると、殺菌できる上に鮮度を保持できます。また、オゾンガスの噴霧により、作業所内や貯蔵庫内の浮遊細菌類の除去を行えます。
これと併せて、商品や作業所の脱臭効果もあります。
4.1. 野菜の前処理殺菌へのオゾン水の利用
時々話題になるO157による食中毒。その原因の一つが、生野菜やカット野菜の殺菌不足であるとされています。加熱していない野菜を食べる際には良く水洗いし、殺菌剤の使用も推奨されています。殺菌剤を使っても健康に問題は起きないのでしょうか?また、オゾン水は利用できないものでしょうか?
次亜塩素酸ナトリウムを使った食品の殺菌
次亜塩素酸ナトリウムは、カット野菜の殺菌剤として、現在、広く使われています。
その一方で、カットキャベツの品質保持目的に、次亜塩素酸ナトリウムを使うことの効果に疑問を呈する結果も。
すなわち、次亜塩素酸ナトリウムでカットキャベツに付着する細菌を99.9%以上減らすためには、有効塩素濃度を200ppm, pH4以下にする必要があり、この濃度ではキャベツが著しく変質することが明らかにされました。塩素濃度を200ppm以下にすると、無殺菌キャベツよりも、むしろ処理・冷蔵保存後に細菌が増えて、品質低下が起きることも分かりました。
(参考資料)
次亜塩素酸ナトリウムによるカットキャベツの殺菌と日持ちへの影響
オゾン水を使った食品の殺菌
オゾン水は、収穫野菜や果物、あるいはカット野菜・果物の殺菌にも効果的です。
野菜では、もやし、ねぎ、レタス、パセリ、キワレ、ルッコラ、大葉、ミツバ、ジャガイモ、サツマイモ、ショウガなどの洗浄用に使われています。
(参考資料)
食品分野でもオゾンは活躍
こんな報告もあります。
水中にオゾンガスを溶解させただけのオゾン水では、オゾンがすぐに酸素に戻ってしまうために効果が持続しません。これに対して、氷の中にオゾンを溶け込ませたオゾン氷では、オゾンが空気中に消失しないために効果が持続します。
オゾン氷を使ってカット野菜の殺菌を試みたところ、野菜に付着した一般細菌数が、殺菌処理前の野菜の1/100~1/10000に激減しました。このことは、収穫作物をオゾン氷と混ぜて出荷・輸送することにより、殺菌しながらの輸送が可能になることを意味しています。
4.2. オゾンによる野菜・果物の鮮度保持
まさに、オゾンは果物の鮮度保持にも一役買っています。
果物の熟成過程で発生するエチレンガスが、鮮度を落とすことが知られています。これに対して、脱臭と同じ仕組みでオゾンがエチレンガスを分解するため、イチゴ、ブドウ、キウイなどの果物や野菜の鮮度保持に役立ちます。
実際に、3~4mg/ℓの濃度のオゾン水で洗浄後の各種の野菜の鮮度保持期間を調べたデータがあります。
それによると、カット野菜、ネギ、ニラ、カリフラワー、ホウレンソウ、大根、白菜などが、オゾン未処理の野菜と比べて2日から10日以上長持ちすることが分かりました。
4.3. オゾン水による残留農薬の除去
今日、広範に使われている農薬は、農作物にも残留し、その危険性が問題視されています。この残留農薬の除去にオゾン水が有効というデータが。
有機リン系農薬を使って栽培された白菜をオゾン処理すると、50%のリンが除去されることや、メタミドホスやジメトエートというブロッコリー用の農薬の除去にも効果的でした。
オゾンは、空気中で酸素分子と酸素原子に分解されます。この酸素原子が農薬成分と結合して酸化・分解します。これは、正に、空気中の臭いの脱臭と同じ仕組みです。
(参考資料)
なぜオゾン水は農薬を分解するのか
5. 農業でのオゾン利用のメリットとデメリット
以上のように、非常に多くの農業分野で活躍しているオゾンですが、最後に、そのメリットとデメリットをまとめてみます。
5.1. メリット
・強力な殺菌作用
殺菌作用が強いため、他の殺菌剤で効果のなかった細菌の殺菌ができる。
・農薬の使用量削減につながる
オゾンガスやオゾン水を使用すると、細菌感染を防ぐことができて病害虫の発生予防につながり、農薬の使用量減少、あるいは無農薬での栽培が可能となります。
・残留性がないため、栽培作物に悪影響を及ぼさない。
・土耕栽培にも水耕栽培にも利用可能である。
水耕栽培に紫外線や熱殺菌を使った場合、その効果はタンク内の培養液に限定されます。一方、オゾン水を使うと、タンク内だけでなく栽培ベッドに供給された培養液にまでその殺菌効果が及びます。
・作物の生育に良い影響を与える場合がある。
養液循環型の水耕栽培システムの場合、培養液をオゾン殺菌すると、水中の溶存酸素量増加から栽培作物の成長促進につながります。
・植物工場の環境維持に効果的
できる限りクリーンな環境が求められる植物工場内で使う、栽培装置、機械器具、人の手指などの殺菌を容易に行うことができます。
・ランニングコストの安さ
一度、オゾン発生器を設置すると、その後のランニングコストは極めて少なくて済みます。
などです。
5.2. デメリット
・初期投資が必要
とくに、大型・ハイパワーのオゾン発生器を導入する必要のある農場や植物工場では、費用がかさみます。
・マンガンと鉄の補給が必要
オゾンの強い酸化力により、培養液に、マンガンと鉄が酸化マンガン酸化鉄になって分離してきます。このため、両元素量が減少するので、補給してやる必要があります*27。
・オゾンへの長期的な暴露による障害
オゾン層破壊に伴って、作物が低濃度のオゾンがある環境中で栽培される時に生じる懸念です。成長の遅滞が起こります。とくに大都市近郊での環境悪化との関係が懸念されます。いずれの場合でも作物の品質や収量の低下を招き、穀物の収量低下にもつながるとして警戒されています。
6. まとめ
産業革命以降の急激な産業の発展は、化石燃料の消費による大気中の二酸化炭素濃度の上昇とともに、フロンなどの増加を招いています。
それは、宇宙空間でのオゾン層の破壊につながり、さらにそれが、地球上への有害な紫外線の照射となって地球上の生物の体を蝕んでいます。
その一方で人類は、オゾンを人工的に作り出し、そのオゾンガスの力を有害な細菌類の撲滅に利用するという知恵も持ち合わせています。その一端を紹介してきました。
オゾンを破壊したり、製造したり。一体、人類とは利口なのでしょうか?それとも…